【非弁行為事例】行政書士に非弁行為があったとして弁護士会が県知事に懲戒請求をし、不処分となった事案について

平成30年広島弁護士会による行政書士の措置請求について
 

 本件は、行政書士が交通事故に関して非弁行為を行ったとして、平成30年10月30日に広島弁護士会(以下、弁護士会)が、行政書士法第14条に基づく措置請求(以下、懲戒請求ともいいます。)を県知事に対して行ったという事件です。

(はじめに)

1.本件措置請求については、その請求原因(特に法律事件該当性)に多くの重要論点を含んでいることから、これを看過しては行政冤罪が生ずる可能性もあり、それを防止する必要がありました。
 そのため、本件行政書士において、法的に問題があると考える点について弁明主張をした事案です。
 弁明では、本件行政書士に対し弁護士会から送付された警告書が、県知事に対する措置請求書と同質と考え、警告書に現れる問題点を指摘し反論・釈明することを弁明の方針としました。
 
 
2.本件行政書士による主張には、強い説得力を有すると考えられるもの、説得力が弱いと考えられるもの、それぞれあるところでしょう。
 この点、本件行政書士の主張を正当と考えるのか、それとも正当性なしとするのかの判断は、すべて監督官庁である県に委ねられています。
 措置請求があった場合には、行政書士法に基づいて独自に必要な調査をする義務が県には課せられており、本件でも関係者からの事情聴取や判例・学説の収集、行政書士法での上級庁にあたる総務省やその他の関係官庁に照会をするなど、様々な面からの調査が実施されています。
 本件は、これらの調査結果を踏まえて、措置請求の請求原因(当然、請求原因事実を裏付ける証拠も提出されているものと考えられますので証拠の評価も含みます。)と、本件行政書士の弁明主張を県庁内部で検討・審理した上で「争点となった弁護士法72条の構成要件に該当する事実はない」との判断となり不処分という結論に至ったものです。
 したがって、県が受け身となり、弁論主義的な意味で措置請求手続における立証不足などで非弁行為が確認できずに不処分となったものではないと考えられます。
 あくまでも、本件行政書士が弁護士法72条の構成要件該当性を弁明での争点として設定し、県が主体的に独自に必要な調査を行い、措置請求理由、弁明主張、関係者からの事実聴取結果などを、県が内部で慎重に審理し、事実認定と法律判断を行い、県として「非弁行為の事実を確認できなかった」として不処分の結論を導いたものと考えています。


3.本件行政書士主張の事実と、措置請求原因で摘示された事実とに相違がある部分については、県が依頼者など関係者に対して事情聴取等の調査を行い、独自に事実認定がなされています。

 
4.本件は、従来より争いがあり、判例、学説などがわかれていた論点にかかる新判断です。
 ゆえに県が採った考え方の立場と反対の立場の考えに立つ者が、県の判断・結論に問題を感ずるのは必然といえます。
 しかしながら、上述のように県が独自に必要な調査をし、審理の上、不処分の判断を下したという事実はかわりません。
 
 
5.非弁行為を理由に弁護士会が懲戒請求をした事件で不処分となった事例は、私の知る限り本件が全国初となります(なお、県からも同趣旨の説明があったようです。)。
 それゆえもあって、本件判断は、今後広島県内での類似事案において参考にされるだけでなく、全国の都道府県の処分事案での先例とさることが予想され、行政書士にとっては貴重な行政先例となるものと考えられます。
 また、県が採ったと考えられる弁護士法72条の解釈基準は、行政書士との関係にとどまらず、宅建業法・他士業法と弁護士法との関係についてもあてはまります。そのため、本行政先例は行政書士業界を超えて影響を及ぼすものと考えられます。

 
6.本事例は弁護士法72条の解釈上、無視できない重要先例となりましたが、あくまでも行政事例であり確定した司法判断ではありません。ゆえに、法解釈上の争いがなくなったわけではありません。
 そもそも、非士業法違反の判断には法解釈だけでなく、事実評価という大きな問題が生じます。事実評価は画一的になされるものではなく、個々の事案における事実を繊細に評価・判断してなされるものです。軽々にこの行為は大丈夫などといえるものではありません。
 また、士業法はそれぞれに政策上の立法目的にそって水平分業的に立法され(垂直分業ではありません。また、資格業務の範囲にかかる互換性についても上下はありません。)、能力担保措置を始めとした様々な制度が構築されています。その意味では、生兵法はケガのもと、餅は餅屋ということになるでしょう。
 実務的には、本先例があるからといって、火中の栗を拾に行くという姿勢ではなく、1歩も2歩も引くことを意識する必要があります。
 その上で、本件のように依頼者のためにした行為が意図せず勇み足的に問題となったときに、本来の職域境界がどこにあるのかを検討する材料にしてほしいと願うしだいです。

 
7.本稿は事実と弁明の趣旨を変えない範囲で概要のみを記したのみであり、事実の詳細、法解釈・事実評価について、多岐にわたる論点を網羅して詳細に主張しています。

 
8.弁明で引用した判例は、すべてに本文の他、判例タイムスなどでの評釈を、学説には出典にかかる文献情報を添付しています。


第1.本件行政書士が認識する事実関係/概要

1.平成28年3月、被措置請求人である行政書士(以下、本件行政書士)は知人である本件外行政書士から依頼者(自営会社役員)を紹介され、その相談に応じた。

2.相談では、平成28年、依頼者が車両を運転していたところ加害車両と衝突する事故(以下、本件事故)が発生したこと、負傷し休業損害及び精神的苦痛を受けたこと、加害者側の保険会社に休業損害の前払い請求を自ら行い電話等(1度は自宅で説明をする)で話しをしたこと、しかし保険金支払い手続きが止まっていること、の説明があった。

3.あわせて、保険金の支払いが止まっている理由が自分(依頼者)にはまったくわからず困惑していること、現時点では弁護士に頼むつもりはないこと、などの説明があった。

4.本件行政書士は、依頼者が自ら行った保険金請求手続きの内容を聴き取ったところ、役員報酬額の全額を請求していること(労働対価部分を超過して請求していること)、請求手続に必要な資料が不足したまま手続きを行っていること、などが判明した。

5.本件行政書士は、休業損害として請求できないものまで請求していること等が保険金支払手続がとまっている原因ではないかとの見解を依頼者に説明するとともに、役員報酬の内、労働対価部分についてのみの額に減額して請求手続をやり直すこと、役員報酬と労働対価とが区別できる資料を用意することを助言した。

6.依頼者は、すぐにこの説明に納得し、役員報酬の内の労働対価部分についてのみの額に減額して請求をしなおしたいとして、後日改めて正式に保険金請求手続き代理(以下、本件手続)の依頼を受けた。

7.受任にあたり、行政書士業務委任契約書(以下、契約書)を交わすとともに委任状を取得した。

8.契約書には、本件手続について代理することの他、以下の条項があった。
(a)報酬額を依頼者が得た経済的利益の一定割合とすること
(b)本件手続の遂行中に行政書士法で定められている業務を超える部分が発生した場合には依頼者の承諾を得て弁護士・司法書士・社会保険労務士等と共同して処理をすることができること
(c)弁護士等により処理をさせた場合の本件行政書士の報酬額を半額とすること

9.本件行政書士は契約書の内容を各条ごとに依頼者に読み聞かせ、不明な点がないか、不承諾の点はないかを確認し、契約締結に至った。

10.また、行政書士は紛争案件には関与できないこと、受任している間に保険会社と紛争が生じる場合には本件行政書士は辞任すること、その場合には弁護士に依頼するしかないこと、を説明し、依頼者からは特段の異議や本件にかかる追加の事情説明もなく了解を得た。

11.また依頼者は自己の意向として休業損害の前払いをしない場合には検察庁に厳罰を求めて陳情に行く旨、保険会社に伝言するよう本件行政書士に依頼した(後述14)。

12.なお、この時点において本件行政書士は保険会社に保険金を支払わない事情などを確認しなかった(後述)。

13.本件行政書士は、同年4月に本件手続に着手し保険会社に対して書類送付状を送った(以下、甲送付状)。

14.甲送付状には、本件手続の委任を受けたこと、委任状を提出すること、休業損害の前払いにつき当該保険会社の基準に従って適正額を支払ってもらいたいこと、「(依頼者は)、休業損害の前払いに応じていただけない場合、加害行為に対して加害者の反省の意思がないものと判断し、厳重な処分を課すよう検察庁に陳情に赴く旨、当職におっしゃいました」と記されていた。

15.同日、本件行政書士は依頼者に書類送付状(以下、乙送付状)を送り、本件を受任したことにより保険会社がどのような反応を示すのか動向を見極めたい、保険会社から依頼者に連絡があった場合は本件行政書士に連絡してもらいたいこと、が記されていた。

16.同年5月、保険会社より「現在事実関係を病院に確認中です。今しばらく時間を要するのでご連絡を申し上げます」との文書が届いた(以下、5月通知)。

17.同年6月、保険会社から本件行政書士あてにFAXが送信(以下、保険会社FAX)された。

18.保険会社FAXには、依頼者が通院する病院からの回答結果、3月に保険会社担当者が依頼者宅を訪問した際の内容、これらの事情から休業損害の立証は難しいと考えること、休業損害自体について今後協議する必要があること、のと記載があった。

19.本件行政書士が依頼者に保険会社FAXの内容を電話で伝え、紛争になったこと、行政書士としては今後関与ができないこと、などを伝えたところ、依頼者からも弁護士に依頼するとの意向が伝えられ、直ちに本件行政書士は本件手続の代理人を辞任した。

20.2日後、本件行政書士は保険会社に代理人を辞任したことを連絡した。

21.平成30年10月、広島県弁護士会から警告書が本件行政書士に送付された。

 
22.警告書においては、「1.事実の認定 (1)受任の経緯」として、上記3~6及び9~12、16については概ね記載がなく、その他については粗々、上記20までの事実関係が摘示されていた。
(1)この内、依頼者が自ら保険会社とやりとりをした事実、その内容を依頼者が本件行政書士に告げた事実については、以下のとおり記されており、これ以外に記された事実摘示はなかった。
 
「同事故により依頼者は負傷して精神的苦痛を被るとともに、休業損害が発生した。依頼者は、加害者の加入していた⚫⚫(註 原文では保険会社名)の担当者と、賠償額について交渉した。
 しかし、依頼者は、争点であった慰謝料及び休業損害の額について、⚫⚫が提示する賠償額を受け入れることができず、交渉が行き詰まった。
 そこで、知人の行政書士に相談をしたところ、交通事故に詳しい行政書士として、貴殿を紹介された。依頼者は貴殿に対し、⚫⚫との間で慰謝料及び休業損害の額をめぐり話がこじれていることなど、交渉の経緯を説明して、交通事故の相談をした。これに対し貴殿は、交通事故を専門でやっている、正式に業務を受けた後は全て自分が⚫⚫と交渉する、書面も作成するなどと説明した。」

(2)警告書は、「1.事実の認定」に続き「2.非弁行為該当性についての当会の判断」を述べる構成となっており、本件事実が弁護士法72条にいう「法律事件」に該当するとして、以下のとおり記されていた。

 「(1)本件は、依頼者が⚫⚫(註 原文では保険会社名)と自ら交渉していた段階で、休業損害及び慰謝料の金額については主張が対立しており、両者の間で損害額について将来法的紛議が発生することがほぼ不可避の案件であったというべきであって、弁護士法72条1項の『その他一般の法律事件』にかかる案件であるところ、弁護士または弁護士法人でない者が、その状況を認識しながら、報酬を得る目的で、鑑定、代理、仲裁もしくは和解その他の法律事務を取り扱うことは、弁護士法72条に違反する。」
 
 警告書では、この記載以外に「法律事件」該当性に触れる記載はなく、これ以降は「弁護士法72条の法律事務に該当すること」として、本件行政書士による本件保険請求手続き内の複数の行為が、同条に言う法律事務の取り扱いに該当する旨が縷々述べられていた。

 
 
23.令和4年10月、県知事より本件行政書士に対して戒告処分とする予定であるとして、次のとおり弁明通知書(いわゆる不利益処分予定通知)が交付され、弁明の機会が付与された。処分の理由は以下のとおり記されていた。

 「不利益処分の原因となる事実  あなたは、交通事故被害者と行政書士業務委任契約を平成28年4月⚫日に締結し、翌日、保険会社に対し、委任状の写し及び交通事故の休業損害に係る請求文書を送付した。この行為は、弁護士以外には禁じられている行為であり、これを行ったことは、行政書士法第1条の2,第1条の3及び第10条に違反する。」

 
24.令和5年2月、本件行政書士の弁明を受けて、県知事から次のとおり本件を不処分とする旨の通知があった。

 「あなたが弁護士以外に禁じられている行為(非弁行為)を行ったなどとして、平成30年10月30日~(省略)~措置請求があり、同条第2項の調査を行った結果、あなたの行政書士業務に関し、明確に非弁行為に該当するといえるまでの行為を確認することはできませんでした。」

(註 以下、通知書には県の要請が述べられており、弁護士会からの措置請求とは直接関係がないため、省略)


第2.弁明の法律構成概要

 本件行政書士による弁明の法律構成の概要は以下のとおり。

第三条 弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によつて、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とする。

第七十二条 
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
ただし、この法律又は他の法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。

 
 
1.弁護士法72条の解釈
(1)「法律事件」の解釈

・事件性の要否(弁護士の独占業務は事件性のある法律事務のみか)について
     ↓
同法72条と3条との文理の相違
     ↓
不要説とその問題点の指摘(日弁連説・下級審判例引用)
     ↓
必要説の主張(立法者の立法趣旨、行政解釈、学説、下級審判例、日行連説引用)
     ↓
事件性(=紛争性)成熟度にかかる論点の指摘 
 →紛争性は潜在的なものや予見可能性があればたりるのか、具体化・顕在化している必要があるのか(学説・行政解釈引用)
     ↓
平成22年最高裁判例を引用
      ↓
最高裁が判示する「法律事件」の要件要素(法的紛議性+不可避性)指摘
      ↓
法的紛議性の意義、不可避性の意義(学説引用)
     ↓
法的紛議とは「法的主張の対立があり、制度的に訴訟などの法的紛争解決を必要とする案件をいう」(学説引用)

 
 
(2)「業として」の解釈
・構成要件該当行為を反復継続する意思が客観的であること(判例・日弁連見解引用)
・72条違反は営業犯とされていること(日弁連見解引用)
     ↓
 違反が反復継続されても保護法益侵害は1つと考えられていること(日弁連見解引用)

 
 
2.行政書士法第1条の2、同1条の3の解釈
(1)行政書士の職域と弁護士の職域との優劣・職域境界について
A.同法1条の2第2項により、弁護士法72条の範囲で行政書士の職域が原則として劣後すると解されること

B.職域境界について、行政解釈、監督官庁公示、行政先例、判例、学説の引用

・自賠責保険の請求手続について、再請求(いわゆる異議申し立て)の根拠となる条項にかかる事務を含めて行政書士が合法に取り扱うことができるとされていること(行政先例、学説の引用)

・事件性のある法律事務であっても、依頼者の口述を筆記する場合など、法的判断を要さない場合には行政書士も書類作成等を業務として合法に取り扱うことができるとされていること(機械的な判断行為であれば事件性があっても合法に取り扱えること/総務省準公示の引用)

・受任業務が途中で紛争性を帯びた場合でも、紛争性が生ずるまでに取り扱った部分は合法かつ有効であること(平成5年東京地裁判決)

・72条の法律事件に該当しない限り、行政書士が法律判断をしながら書類作成をすることも認められていること(総務省準公示引用)
         ↓
 この点につき、事件性必要説の立場からは、行政書士が高度な法的判断をともなう法律事務を取り扱っても、少なくとも弁護士法の規制はないこと(同旨学説の引用)

・行政書士も契約の意思代理を業とすることができると解されていること(総務省準公示、下級審判例、学説引用)

 
 
3.その他の論点
・弁明通知書にかかる処分理由の付記につき、理由提示不十分の違法瑕疵があること
          ↓
・処分庁による処分理由の提示は法律の構成要件該当性にとどまらず、行政庁の内部基準たる処分基準と認定事実との論理的対応関係までをも理由として示す必要があること(最高裁判例、下級審判例引用)
          ↓
・本件弁明通知では、72条の構成要件と処分事実との論理的対応関係が理由として示されていないこと

 
・他論点、省略


第3.事実に対する本件行政書士の主張概要
1.紛争性について

(1)本件行政書士が受任したのは保険金請求手続き(手続の訂正・修正・更正・再申請)代理にすぎず、紛争解決の代理交渉と評価できないことについて

・一般に手続きとは、手続の選択を含めて所定のプロセスを概ね機械的に進めていくことで結論にいたる制度をいう(学説引用)
         ↓
・一般に紛争とは、一方当事者の主張に相手方が反駁して対立が成立するか、または社会通念上反駁・対立することが不可避と考えられる案件をいう(学説・最高裁判例引用)
         ↓
・平成22年最高裁判例に照らせば、弁護士法72条が要件とする「法律事件」とは、「法的紛議となることが、ほぼ不可避な案件」(=法的紛議性+不可避性)と解されていること(註 法的紛議の意義は前述のとおり。)
         ↓
・自動車任意保険金請求の場合であっても、手続に瑕疵がなければ保険会社が請求を異議なく受け入れることが普遍的に生じていること
         ↓
・仮に手続に瑕疵があって請求を拒絶しても、手続を訂正・修正・更正・再請求をすることによって法的紛議に至ることなく請求を受け入れることは社会事象として相当の普遍性をもって生じていること
         ↓
・本件行政書士が受任した時点では、保険金請求手続を訂正・修正・更正・再請求することで請求手続を終局させ得る合理的な見込みがあったこと
         ↓
・保険金請求手続制度には、手続を訂正・修正・更正・再請求することが予定されていると解されること
         ↓
・本件行政書士が受任した時点では、保険会社は事実関係を調査中であり(5月通知)、対立するのか否かは不確定であったこと(紛争が成熟・成立していなかったこと)
         ↓
・よって、本件行政書士が受任した時点では、いまだ本件は紛争が顕在化・具体化しておらず、かつ将来「法的紛議となることが、ほぼ不可避」な状態にも至っていなかったと考えられること(紛争が顕在化したのは6月の保険会社FAXによってであり、当該FAXの受領と同時に手続代理人を辞任していること)

(2)(弁護士法72条違反に過失犯規定が存在しないことをも前提として、予備的に)
 仮に紛争となっていたとしても、本件行政書士の立場では紛争を認識できなかったこと、について

・保険会社が保険金支払い手続を留保している理由につき、依頼者からまったく理由がわからないと告げられていたこと

・受任時において依頼者から本件につき、弁護士を頼む予定はないと告げられていたこと(依頼者が弁護士に依頼して法的に争う意図はない旨を述べており、本件行政書士において、いまだ法的対立関係が具体化していないと合理的に考えられたこと)

・依頼者本人が行った手続に、請求出来ない損害までをも請求し、かつ手続に必要な書類が不足していたという大きな手続瑕疵があったこと(当該手続的な瑕疵を更正することで請求の目的が達成できると合理的に考えられたこと)

・本件行政書士が依頼者に対し、請求出来ない報酬額部分を減額の上で手続をしなすことを依頼者に助言し、依頼者からは特段の異論がなかったこと(依頼者自身も手続の瑕疵が原因であるとの理解に至っていたこと)

・依頼者の主張は警察資料や病院資料などの客観的資料と特段の矛盾がなかったこと

・契約締結時に依頼者に対して、「紛争案件に行政書士は関与できないこと」、「受任をしても途中で紛争となった場合には手続を中止することになること」を説明したが、依頼者からは特段の異論もなく、かつ本件について追加の事実説明(すでに紛争となっている可能性など)もなかったこと
(依頼者において本件が法的な紛争になっているとの認識がなく、かつその認識に基づいた事実関係を本件行政書士に説明していたこと)

・保険会社は事件を受任しない限り、個別の事案についてのやりとりや保険会社の調査結果や心証などを開示することはなく、受任前に保険会社に対して紛争になっているか否かを確認する術がないこと

(3)受任後も法的紛議に至っていないこと
・本件行政書士が保険会社に対して甲送付状をもって「(依頼者は)、休業損害の前払いに応じていただけない場合、加害行為に対して加害者の反省の意思がないものと判断し、厳重な処分を課すよう検察庁に陳情に赴く旨、当職におっしゃいました」と記したことについては、依頼者に伝言を依頼されたことによるものであり、文章としても依頼者の口述を機械的に記したものとなっているため、仮に本件に紛争性があったとしても行政書士の合法な業務範囲の行為であること(総務省準公示 詳解行政書士法)

・請求者からこの程度の圧力的発言を保険会社が受けることは社会通念に照らして日常的に生じていると考えられるところ、この発言を理由に保険会社が保険金を支払わないとして請求者と対立するに至るとは考えられないこと

・6月の保険会社FAXにより、本件に法的紛議が生じたと同時に、本件行政書士は手続代理人を辞任し、本件手続から離脱しているため紛争に介入したといえないこと

2.「業として」の構成要件該当性について
・本件手続は、1つの事故について、ひとりの請求者が、1つの保険会社に対してした、ひとつの手続きであり、本件手続内での複数の行為は弁護士法72条との関係では1つの行為と評価されるべきであること
             ↓
・72条にいう「業として」とは、構成要件該当行為を反復継続する意思をもって行う必要があるところ、本件行政書士がひとつの手続内において、行政書士業務委任契約書を作成したこと、委任状を作成したこと、甲送付状、乙送付状を作成し送付したこと、などは、72条でいう「業」(=非弁行為の反復継続の客観的意思)の要件を満たしたものと評価できないこと。
             ↓
・行政書士は一定の範囲で保険金請求にかかる手続き的法律事務を合法に取り扱えることから、交通事故専門の行政書士であることをもって、非弁行為の反復継続の意思が客観的であるともいえないこと

 
 
3.行政書士業務委任契約書について
(1)成功報酬を定めたことは合法であること

・行政書士業務の実務では、依頼者の事情(*1)により、本来スムーズに為し得る手続が行えない場合に、個々の行政書士のノウハウでこれらの証拠や事実を発見または探知して問題を解消し手続を実現することがあること
(*1依頼者において保存すべき法的書類の紛失、証拠化しておくべき許認可の要件事実の未証拠化、遺産の有無その所在が相続人たる依頼者において不明、依頼者の記憶力低下、依頼者の事情により証明者に対して書類取り寄せ連絡が躊躇される、依頼者において現地調査ができない場合にて行政書士が不足の証拠・事実を現地調査等で収集・発見するなど)
             ↓
・これらの場合には「手続の成功」を観念することができること
             ↓
・本件においても、この場合の「成功」を予定したものであったこと
             ↓
・この「成功」に報酬の発生をかからしめることは、日行連の中央研修会で用いられた行政書士業務委任契約書の参考書式にも示されていること
             ↓
・日行連が行政書士法の委任を受けて単位行政書士会(ひいては行政書士)を指導監督する権限を有する公的な地位にあることから、本件行政書士が成功報酬制を本件契約に用いたことは正当であること

 
(2)契約書の「弁護士等により処理をさせた場合の本件行政書士の報酬額を半額とする」との条項は、非弁周旋(非弁提携)を目的としたものではないこと

・本条項は契約書の他条において「本件手続の遂行中に行政書士法で定められている業務を超える部分が発生した場合には依頼者の承諾を得て弁護士・司法書士・社会保険労務士等と共同して処理をすることができる」と定めていることを当然の前提としていること

・本条項は、受任中に紛争となり手続への関与をやめた場合に、それまでに処理した事務の報酬を精算するためのものであること

・報酬額を半額とすることとしているのは、中止までに処理した事務の割合が依頼者において必ずしも透明ではなく、依頼者との紛争をさけるため画一的に半額としたものであること(あわせて本件でも契約締結時に依頼者において事前に説明をし了解を得ていること)
 
 
(3)契約書のある条項を解釈するにおいては、契約書の条項が各条項同士有機的に関連していることから、いわゆる仕組み解釈によってなされるべきこと(契約書の他条項との関係も含めて解釈すること)

(4)そもそも本件では受任の途中で紛争となって中止されているが、本条項を適用した事実がないこと

(5)他、省略


第4.弁護士法第72条をめぐる学説・行政解釈・判例の概要について若干の解説

1.72条の構成要件
a.弁護士又は弁護士法人でない者
b.法律事件に関する法律事務を取り扱うこと
              又は
  事件に関する法律事務の取扱いを周旋すること
c.報酬を得る目的があること
d.業としてなされること
 
(以上、日本弁護士会連合会編著 条解弁護士法)
上bの前半を構造分解すると、「法律事件」+「法律事務の取り扱い」となる(学説・増補弁護士法)。
 
 
2.「法律事件」の解釈について
(1)弁護士法72条の射程は、その「法律事件」という文言の解釈により、同法3条の弁護士の職務範囲と同じなのか(事件性不要説)、それとも、法律事件により限定され3条よりも狭いのか(事件性必要説)、という問題があり、従来、学説・下級審判例ともに見解がわかれていた。

 不要説の立場としては日弁連見解、昭和43年大阪高裁判決、平成26年大阪高裁判決などがあげられ、必要説の立場に立つ者には、立法者、法務省、総務省、日行連、昭和47年札幌地裁判決、平成5年東京地裁判決、平成27年広島高裁判決、複数の学説(福原説/元衆議院法制局部長、兼子説/東京都立大学名誉教授、阿倍説/神戸大学名誉教授)などがあるとされる。

 近年、この論点に関し最高裁が、「交渉において、法的紛議となることが、ほぼ不可避な案件」を72条の法律事件であると判示し(平成22年7月20日決定/判例時報2093号、判例タイムス)、事件性必要説に親和的な立場をとったと評価されている(兼子仁/行政書士法コンメンタール/東京都立大学名誉教授など)。
 
 
(2)事件性必要説の立場では、さらに事件性(=紛争性)は単に潜在的なもの、または予見可能なものであればよいのか、それとも、具体化、顕在化していなければならないのか、という「紛争性の成熟性」が論点となり議論がなされている。

 この点、学説には
 「将来訴訟となり得る蓋然性が具体的事情から認定できるものに限るべきである。もしこれを広義に解すれば、およそいかなる社会事象もそこに権利義務関係の対立が認められるものであれば、訴訟事件となり得る可能性があるのであるから、その程度の可能性をもって『事件』と呼ぶのは相当ではない」(福原忠男/増補弁護士法/立法担当者)
 とする見解をはじめ、
 「(註 最高裁判例の言う法的紛議とは)権利義務や事実関係に関して関係当事者間に法的主張の対立があり、制度的に訴訟などの法的紛争解決を必要とする案件」
 とする見解(兼子仁/行政書士法コンメンタール/東京都立大学名誉教授)などが多数ある。

 また、判例や行政解釈においても、
 「『その他一般の法律事件』とは同条において列挙された事件(著注:訴訟等)と同視しうる程度に法律上の権利義務に関し争いや疑義があ(る)・・(中略)・・案件をいうと解するのが相当である。」
 とする平成27年9月2日広島高裁判決、法務省見解(司法制度改革推進本部事務局配布資料)など、事件性は顕在化・具体化することを要するとする見解が通説的になっているとされる(行政書士法コンメンタール)。
 
 これに関し、本弁明で引用した平成22年最高裁判例は、必ずしも事実関係に紛争の成熟性を要するとまでは明示していないものの、「法的紛議となることが、ほぼ不可避な案件」をいうと判示し、刑事訴訟における立証の観点からも、事実上、最高裁は紛争の成熟性を要求していると評価されている(兼子仁/行政書士法コンメンタール等)。

(3)なお、当初法的紛争が生じていなかったにもかかわらず、行政書士の受任後に法的紛争が生じた場合について、紛争が生じるまでの部分は行政書士の合法な業務行為だとされている(平成5年4月22日東京地裁判例/判例タイムス829号)。
  
 
3.行政書士の職域境界にかかる監督官庁による行政先例・公示、判例、学説の整理

(1)事件性がない法律事務について
①(総務省準公示)
・事件性がなく弁護士法72条の制限外であれば、他の法律で制限されている場合を除いて、行政書士が法律判断を加えながら同法1条の2の業務を行い得る(詳解行政書士法)

・行政書士法1条の3第1項3号にいう「『代理人として』とは、契約等についての代理人としての意であり、直接契約代理を行政書士の業務として位置づけるものではないが、行政書士が業務として契約代理を行い得るとの意味を含むものである」(詳解行政書士法 総務省公示 日本行政)
 
②(行政先例)
・自賠責保険支払い請求手続を行政書士が業務とすることは合法である(昭和44.10.25自治行第82号、昭和47.5.8自治行第33号等)
 
③(学説)
・交通事故において「事故責任を結局自認する加害者と過失割合や賠償金額等の”話し合い・協議”を受任した範囲で代理し、合意の示談書をまとめて自賠責保険支払い請求に繋げることは行政書士の合法的な契約締結代理業務にあたろう」(行政書士法コンメンタール/兼子仁著 東京都立大学名誉教授)*1

・遺産分割協議において「助言説得を含めて相続人間の合意形成をリードし、分割協議をまとめる代理行為は合法で(ある)」(行政書士法コンメンタール)

 *1 兼子教授の当該主張に対して、行政書士が高度に専門的な法律判断を職務として行うことはできないことを看過しているとして、一部でこれを否定する見解もあるが(条解弁護士法/日弁連調査室著)、事件性必要説の立場からは、行政書士が高度に専門的な法的判断をするとしても、事件性のない法律事務である限り、行政書士が私人の立場で取り扱うことは可能であり(他隣接士業法など他の法律で制限されていない場合である。)、少なくとも弁護士法との関係では何ら問題とならない。
 
(2)受任途中で事件性が生じた法律事務について
・受任業務が途中で紛争性を帯びた場合でも、紛争性が生ずるまでの行政書士の行為は合法かつ有効であり報酬請求権が認められる(平成5年4月22日東京地裁判例/判例タイムス829号)
 
(3)事件性がある場合の法律事務について
・「事件性のある法律事務であっても、依頼者の口述どおりに作成するような場合は、行政書士の業務として処理できる」総務省準公示(詳解行政書士法)

・検察審査会への申し立て書類の作成は弁護士・司法書士・行政書士との共管業務である(自治庁/当時)


第5.その他関連事項
・本件にかかわった経緯について。
 私は本件に関し、平成30年10月に弁護士会が行政書士会に警告書を持参したときに初めて関与することになりました。当時私は、行政書士会内部において法務監察部の顧問専門員を務めており、弁護士会への本件対応を主任的に任される立場にありました。
 その後、行政書士会により本件行政書士に対し停止条件付にて懲戒処分が下された直後から、個人的に本件行政書士の弁護支援をすることとなった事件です。
 (余談ですが、当時弁護士会担当者が行政書士会に来訪した際、行政書士会が専門員の名刺を作成していなかったため、自己紹介の際と、個人名刺交換の際の2度にわたって、私の上記立場を弁護士会担当者に口頭で伝えているところです。また、その際に私が「それは非弁提携じゃないですか」と発言したことが一部で独り歩きしているようですが、これは警告書の内容も満足に読んでいない時点で弁護士会担当者からの説明のみを聞き、話の流れとして仮にそれが事実であればとして仮定的に発言したものに過ぎません。)

・行政書士会は本件を審理の上、本件行政書士につき停止条件付き会員権停止処分に処しました。条件が付されたのは弁護士法の解釈に多々の論点があるため、少なくとも行政サイドによる公権解釈を待つ必要があるとの認識によるものでした。
 条件は、県庁の処分がでるまで会員権停止の効力を生じさせないこと、将来県庁の処分に整合させて正式に処分をすることでした。
 現在、行政書士会は本件行政書士について不処分を決定しています。

・所感・雑感。
 本件のように弁護士と行政書士の職域が問題となった場合に、「そもそも行政書士に依頼するメリットがあるのか。最初から弁護士に依頼すればいいではないか」という論調の意見を耳にします。
 こういった意見に触れると、一部の医師が「ドラッグ・ストアーに行っても、たいして効き目がない薬を買わされるだけ。医師の処方箋がなくても販売できる薬に効果なんか期待するのが間違い。最初から病院に来なさい。悪化しても知らないよ」などと言っていることを思い出します。
 確かに正論なのかもしれませんが、実際の市民生活において、ドラッグ・ストアーを利用することは大学病院や医院に行くよりも便利でありがたいものではないでしょうか。特に病が些細な(だと思える)ものであればなおさらです。
 そして実際にドラッグ・ストアーの薬でことたりることも多いはずです。
 庶民は経済的にも時間的にも精神的にも余裕のない日々を送っているものです。大上段に病院に来いといわれても、なかなか病院にいけない場合も多いと思うのです。それだけに庶民のドラッグ・ストアーに対するニーズを軽視するわけにはいかないはずなのです。
 ここに庶民に寄り添う存在という意味で、ドラッグ・ストアーの大きな存在意義があると、私は思うのです。
 実社会は正論だけが正解ではありません。鶏を割くのに牛刀を用いる、ということわざもあります。オーダー・メイドのスーツよりも吊しのスーツで十分な場合もあります。
 私としては、弁護士と行政書士の関係も、病院とドラッグ・ストアーとの関係によく似ているなと思うしだいです。

・最後になりますが、私は従来よりSNSやネット等において挑発発言をする者や、社会人として品位・マナーを欠くと判断した者のツイート等は読まないように設定しています。
 本件でも、同様の措置をとっておりますが、複数のファンの方からの通報を受け、不本意ながらも、本件でこういった態度をとる者の発言に触れることもあります。
 私は本件に限らず以前から、度を超した誹謗中傷・侮辱などのツイートや掲示板への書き込み等には士業者、一般人を問わず、毅然とした対応をとっているところです。
 テレビ・ニュースとして報道されたのでご存じの方もいると思いますが、過去には私に対する匿名でのネット中傷について告訴を行い、被疑者が名誉毀損罪で逮捕・有罪となった事件もありました。
 残念ながら、本件に関しても責任を問わざる得ないと判断した案件が存在しています。
 表現の自由を盾にすれば何を言ってもよいわけではありません(このようなことは、法律にかかわる者に対し、いまさら言う必要はないはずなのですが・・・・。)。
 社会人として、マナーを守った発言をしていただきたいと願うしだいです。

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